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私の「想い」

“誰かの助けになりたい。”
“道に迷っている人の肩をそっと押してあげられる存在になりたい。”

常々そう考えている私ですが、こう思えるようになるまでには最愛の母の死やうつとの戦いがありました。

 

強くないからこそ、人とのつながりの尊さを知っています。
弱いからこそ、優しい気持ちに感謝が出来ます。

 

思えば、私はずっと「いい子」でした。

 

自営業の父と、美容院を経営していた母の元に生まれた私は、忙しい両親にワガママを言わず、静かに見守っているような子供でした。

 

「いい子」にしていることで、大好きな母が笑ってくれたからです。

 

勉強で良い成績をとれば褒められる。
褒められたいから勉強を頑張る。

 

母がしてはいけない、と言うことは必ず守りました。

 

大人になった今なら、どんな子でも親は可愛いものだというのが分かりますが、当時は自分がいい子でないと愛情が薄れるのではないかという不安でいっぱいでした。
こどもと向き合う時間の少ない家庭環境だったからかもしれません。

 

そんな私にも小さな反抗期はありました。
高校に入った頃、当時流行っていた長ランを手に入れ、裏には虎と龍の刺繍。

 

それが精いっぱいでした。

 

また、見た目は不良だと言われるような格好だったとしても、母の教えが念頭にあったのでしょう。

 

人を傷つけるようなことはしない、人の為にならないことはしない、と、自分の中で決めていました。

 

そんな頃でした。

 

母の体調が悪くなり始めたのです。
経営する美容院は完全予約制となり、これまでは忙しく働いていた母が、一日数人のお客様の相手をするだけで辛そうでした。

 

一方で、高校3年生になっていた私は、今時の若者でした。
東京の大学に進学して遊びたい、そんな思いから一念発起。
勉強に精を出し、見事に大学に合格します。

 

母の体調のことは気になりましたが、それよりも早く楽しい東京生活を送りたいと自分のことでいっぱいでした。

 

そして羽を伸ばし過ぎた結果、私は2年の夏に留年が決定。
それでもどうにかなるさと自由な生活をしていた私の電話器が珍しく父からの着信を伝えます。

 

「お母さんが入院したんだ」

 

父からそう聞き、夏休みを利用して帰省した私が病院で見たものは、周りの患者さんに私のことを自慢している母の姿でした。

 

「息子は東京の大学で勉強しているのよ」

それはそれは嬉しそうな顔でした。

 

実は母の体はこの時すでに癌に蝕まれていました。
しかし父は、体調不良になった頃からその事実を隠し一人で背負っていたのです。

 

当然私は何も知らないまま、元気になったらすぐに退院するものだと明るく会話をして東京に戻りました。

 

次の正月休みには母は一時退院をしていました。
最後の正月になるであろうという配慮だったのでしょう。

 

しかし、私は一時退院できるくらいだから、本格的な退院も近いのだろうと考えていました。

 

そうして迎えた春休み。
私が実家に帰ると父が重い口を開きました。

「あとどれくらいもつか分からないんだ」

突然の言葉に、頭をハンマーで殴られたような気がしました。

 

「どういう……意味?」


頭では理解をしなくてはいけないと分かっていました。
けれど、母のいない人生など私にとっては考え難く、ただその場で体を震わせました。

 

幸い春休みでしたので、今からでも親孝行出来ればと母の病院へと通い始めました。
そんな私に母は言ったのです。

 

「留年だけはしないでね」

 

すでに留年が決まっているとは言えず、何も言えない自分。

 

そして、その数日後。
容体は急変し、結局何も出来ないまま、母は帰らぬ人となってしまったのです。

 

走馬灯のように蘇る母との日々。
一緒に東京でアパート探しをしたのが昨日のように思い出されます。

 

しかし、時間は戻ってはくれません。

 

春休みが明け、そこにいた私は抜け殻でした。
大学どころか外へ出ることすら出来ません。

 

母の想い……留年しないでという願いに応えることが出来なかった自分。
最後の最後に自慢の「いい子」でいられなかった自分。

 

その罪の重さに心は苛まれ、私に「うつ」という病魔が襲い掛かります。

 

母を思い、アパートに引きこもった私はひたすら本を読んで過ごしました。
本を読んでいる間だけは現実を忘れられるような、そんな気持ちでした。

 

そして、一つの言葉と出会います。
ジェームスアレンの「原因と結果の法則」の中に書かれている言葉でした。

 

すべての結果は自分が作り上げたもの。
しかし、自分が望めば未来は変えることが出来る。

 

今の自分も、母との時間も、全部が自ら選び取ったものであり、そこにはもっとこうしておけばよかったという後悔の気持ちが溢れています。

 

けれど、これからの自分を変えていくことでこの絶望のどん底から抜け出せるのだとアレンは教えてくれたのです。

 

私が健康な心を持っていたなら、ここで前を向き立ち上がったでしょう。
ところが、うつに取りつかれていた私は、行き先が見えたというのに足が動かないのです。

 

人に会うことに怯え、外出の際には色つきのサングラスを、大学で講義を受けるときには人目を避けるため最前列に座る、こんなありさまでした。

 

そんな私でしたが、アレンの言葉のおかげで立ち止まらずにすみました。
ゆっくりでもいい、自分のペースで半歩からでも踏み出そうと決意します。

 

誰も私を知らないところでなら無理せずやっていけるかもしれない。
そう思い、遠く離れた飲食店でアルバイトを始めました。

 

この勇気が、更に私を変えてくれました。

 

アルバイト先で出会った佐藤くん。
彼が私を気にかけてくれ、買い物や飲みに誘ってくれるようになったのです。

 

急かさず私のペースに合わせてくれるような佐藤くんの計らいで、次第に人目が怖くなくなっていく自分に気付きます。

 

それもそのはずで、この佐藤くんは私と同じような過去を持っていました。

 

高校時代に人間関係のもつれで登校拒否となった経験をもっており、その時に当時の担任の先生が投げ出すことなく話を聞いてくれ、そして留年の危機を乗り越えたのだと聞いたとき、私も自分の過去を彼の前でさらけ出していました。

 

佐藤くんなら全てを分かってくれる、そう感じたのです。

 

私の話を聞き、佐藤くんは言いました。

「僕は肩を押してくれた先生に感謝をしてる。一人じゃ抜け出せなかったからね」

そして、

「伊藤が同じものを抱えてるって気付いていたから、今度は僕が背中を押してあげる番だって思ったんだ」

 

優しく笑うその瞳に、がらがらと心の壁が崩れていきます。

 

一冊の本の言葉と一人の友人の温かい気持ち。
こうして私は母の死とうつからようやく解放されたのです。

 

やがて私はうつを克服し、これまで通り人と接することができるようになりました。

 

元気になった心で、どん底の気持ちを知った自分だから、人の優しさに救われた自分だからできることがあるはずだ、そう考え始めます。

 

【私も、悩み立ち止まっている人の背中を押せる人間になりたい】

やがて社会人になり、仕事をしていく中でその思いは膨らみます。

 

人のために仕事をしよう。
助けを求める人がいたなら、率先して手を貸そう。
それは、自分の未来につながっているのだから。

 

実際に自分よりも他人に優しくするようになってから、明らかに対人関係が良くなったことを肌で感じました。

 

これからは「やることが空回りしてしまう」、「最初の一歩が怖い」、「人間関係に不安がある」……同じ気持ちを知る私だからこそ、そんな悩みに応えていこう。

 

上手になんでもできる人と、悩みを抱える人との差はほんのわずかで、小さなきっかけがあれば前へと進むことができること。


最初の一歩は勇気がいりますが、二人で踏み出すことで湧き上がる安心感を伝えたいのです。


そう、あの日の自分のように……。

私はこれからも、悩んでいる人の肩をそっと押していくでしょう。

 

目には見えないけれど、今こうして誰かのためになりたいと奮闘する私を、母が天国で自慢してくれているようなそんな気がするのです。

 

 

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大学講師:伊藤内定ゼミ

伊藤伸一

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